マンション管理組合の総会は、区分所有者全員にとって重要な意思決定の場です。その総会を円滑かつ公正に進める上で、「議長」の役割は非常に大きく、その権限を正しく理解しておくことがトラブル防止の鍵となります。
1. 議長は誰が務めるのか?その基本的な役割とは?
まず、総会の議長を誰が務めるのかという点ですが、区分所有法第41条では、規約に定めがない場合や別の決議がない限り、管理者または総会を招集した区分所有者の1人が議長となるとされています。そして、標準管理規約第42条5項においては、「総会の議長は、理事長が務める」と明確に定められています。したがって、通常、管理組合の総会では理事長が議長を務めることになります。
議長とは一般に、会議体を主宰し、その秩序を維持し、議事を整理して進行させる権利と義務を持つ議事運営の責任者を指します。議長が総会をどのように進めるかについては、区分所有法にも標準管理規約にも具体的な規定がないため、会議体の一般原則から解釈されることになります。
2. 議長が持つ議事進行の広範な権限
議長は会議体を主宰し、議事進行権を有しています。具体的には、総会の開会、閉会、休憩、出席者の発言の許可、発言の順序、時間などについて、全て議長の判断で決定できると一般的に考えられています。
また、議案の採決方法についても、区分所有法や標準管理規約に具体的な規定はありません。そのため、規約に別段の定めがない限り、挙手、拍手、異議の有無など、議長が適切と判断する方法を選択できると解されています。ただし、特別決議など議案の成否が微妙なケースでは、後日のトラブルを避けるために、区分所有者数や議決権数を正確に数え、証拠(議決権行使書、委任状、出欠表、賛否記録、録音データ等)を残しておくことが重要です。
3. 議長が単独で決定できない「例外」事項
しかし、議長が独自で決定することはできず、必ず「議場(=総会の参加者)に諮らなければならない」と考えられている重要な3つの事項があります。
1. 議題及び議案についての修正動議: 議題や議案に対する修正案の提案は、その性質上、当然に質疑討論を経て採決が必要です。
2. 議長不信任の動議: 議長自身がその当否を判断すべきではないため、議場に諮る必要があります。
3. 総会の延期・続行: これらは総会の重要な判断事項であるため、議場に諮って決めるべきだとされています。ここでいう「延期」とは議題の審議に入らずに集会を後日に変更すること、「続行」とは議題の審議に入ったが時間不足などで審議未了のまま集会を後日に継続することを指します。
4. 質問や動議への対応:公正な運営のために
総会においては、区分所有者からの質問や動議への対応も議長の重要な役割です。
質問への対応
区分所有者が議案について質問する権利と機会は、多数決をもってしても奪うことはできないと考えられています。しかし、総会には時間的な制限があるため、議長は以下の点に留意して対応することができます。
• 関連性のない質問や不要な質問への回答は不要: 議案に関係のない質問はもちろん、関係があっても議案を判断する上で必要がない質問については、回答する必要がありません。
• 質問時間の制限: 特定の区分所有者から多量の質問を受け付け、回答に長い時間をかけることは、他の区分所有者の質問や発言の機会を奪うことになります。そのため、一定の時間を超えないように質問を制限することも可能と解されています。
• 質問の打ち切り: 議長は、客観的に合理的な判断をするに足る十分な説明と審議がなされているかを確認した上で、質問を受け付け続けるか、打ち切るかを判断する必要があります。この打ち切りの判断は議長の判断で行えますが、後に問題が生じないようにするためには、質問を打ち切るか否かについても議場に諮った方が無難です。
◦ 重要な注意点: 客観的に、合理的な判断をするに足る十分な審議がなされていなければ、手続きの違法を理由として決議が無効となる可能性があります。
動議への対応
「動議」とは、予定された事項以外の審議を求める提案のことです。動議には、既に提出された議案を修正するような「実質的な提案」と、議長不信任や会議の延期・続行など「総会進行に関する提案」の2種類があります。
• 実質的な提案(修正動議など)への対応: 総会で既に提出された議案を修正するような提案がなされた場合、それが招集通知であらかじめ通知した事項の範囲内であれば、討議と採決が必要となります。討議・採決の順序は、議長の議事整理権によって、議長単独で、または議場に諮って決めることができます。
◦ 重要な判例: 東京地方裁判所の判例では、適法な動議を審議しなかったことを根拠に、決議が無効と判断されたケースがあります。これは、動議の内容の正当性に関わらず、あらかじめ通知した事項の範囲内で提出された動議自体を無視することは許されないという判断がなされたものです。動議を提出する権利は、管理組合運営に参加する権利と密接に関連しているため、議長は適法な動議が出された場合には審議が必要であると心得ておくべきです。
• 総会進行に関する動議への対応: 議事進行に関する動議については、基本的に議長が取り上げるかどうかも含め判断ができます。ただし、前述の「議長不信任の動議」と「会議の延期・続行の動議」については、必ず議場に諮って決める必要があります。
まとめ
マンション管理組合の総会において、議長は議事進行の責任者として広範な権限を持っています。しかし、その権限は絶対的なものではなく、特に「修正動議」「議長不信任の動議」「総会の延期・続行」の3点については、必ず議場に諮って決定する必要があります。また、区分所有者の質問権や動議提出権を尊重し、公正な審議の機会を保障することも、議長に課せられた重要な役割です。
議長がこれらの役割と権限を適切に行使することで、管理組合の総会はより円滑に、そして民主的に運営されることでしょう。
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